好きな子がサークルのOBに妊娠させられてた。
(不快な表現、性的な表現をを含みますので注意してください)
私、実は子供おろしてるの。
そうやって少し悲しそうに笑いながら、彼女が僕に伝える。
彼女がその事実を伝えるのに何度も葛藤し、悩み、苦しんだのは言うまでもないことだ。
それは、彼女の少しだけ赤みがかった目とこちらを伺い知るような、怯えを含んだ目を見れば分かる。
それでも僕は自分の心に鳴り響くような、つんざく悲鳴が抑えきれなくて。
そんなの、本当であって欲しくないよ、と叫ぶ魂が、雷に打たれたかのように僕の時を止めた。
少しの間を経て、何かを察したように彼女は痛々しく笑いながら言った。
そうだよね、ごめんね。こんな話して。
そうやって、彼女は僕の前から去った。
僕が大学に入って沢山の勧誘を受ける中で入ったのは、高校時代からの知り合いがいるフットサルサークルだった。
本当に、何となくだ。サッカーは少しだけやっていたけど、そこまで上手くもない。つまらなかっ
たら、すぐ辞めるつもりだった。
入ってみて分かったのは、このサークルはサッカーを真剣にやる、というよりはどうやら遊ぶことを目的としているらしい。
恒例の土曜サッカー後の飲み会では、サークルのOBも来て楽しく思い出話をする。その後に徹夜で麻雀を打ったり、ひたすら飲み明かしたり。
皆で計画して、夏はグランピングに行った。その時にはBBQで沢山の野菜と肉を焼いた。
僕は何かをしていないと落ち着かなくなる性格だったから、ひたすら肉を焼く係に回ったのを覚えている。
その時に、肉を焼く僕たちの元へ飲み物を何度も届けてくれたのが彼女だった。
気遣いができる子なんだな。いい子だな。
最初は、感心だった。
少し、彼女がどういう人間か興味を持った。
愛嬌のある可愛らしい雰囲気の彼女はたまにサークルメンバーの間でも、話題に上がることがあった。
なんかやらせてくれそうな隙のある感じがエロい、らしい。
男同士の話では彼女はどちらかと言うと、性を感じさせる子として扱われていた。
なんとなく隙がありそうに見えるのと、少し押しに弱そうなのもまた、彼女に性を感じさせることに拍車をかけていたのだろう。
でも僕はそれより彼女の優しげな雰囲気と、小さなことにも気を配れる内面が好きだった。
でも、彼女にはどうやら彼氏がいるらしかった。サークルのOBの先輩で、かなり早くから付き合っていたらしい。彼女にとってはその人が初めての彼氏のようだ、というのも友達が教えてくれた。
少し残念だったが、でもいつか別れるかもしれないと気を取り直す。それに正直、6個も上のOBの先輩が新一年生の彼女を本命として付き合うってあり得るのかな?とも思っていた。
彼女が相当な美人だったら本命なのだろう、と僕も考える。
でもどちらかというと彼女は隙のあるような、正直に言うと、弄びやすそうな人種だった。だから、隙を見て奪う事にした。
何度か話しかけたり、彼女のことを褒めたり少し叱責も敢えてしたり、という中で話す頻度が増える内に、僕は彼女の相談相手となった。空きコマが合った昼飯時には、先輩の愚痴を1時間以上聞かされることもあった。
どうやら先輩が忙しくて中々会ってはくれないらしいし、行きたい場所を提案しても仕事が忙しくて会えないみたいだ。
こういう愚痴の時、彼女の好きな先輩を否定してはいけないし、僕から意見をいう必要もないというのが僕の考えだ。
彼女が愚痴を溢すのは本当は別に誰でもいいのだ。何となく仲がいいから、話し心地がいいから僕なだけで、彼女は僕に何の役割も求めていない。
彼女だって、バカじゃない。先輩に弄ばれていることだって、別に向こうが自分のことを好きじゃないことだって、薄々分かり始めている。
なんとなくそれを察しているのに彼女がそのことを言葉にしないことからも、彼女の中にある葛藤が伺い知れるというものだ。
その葛藤を無視して正論や、皆が正しいと思うような解決策を提示してしまうのは、僕は彼女の気持ちに寄り添いはしないよ、と言っているようなものだと思う。
恋愛なんて、所詮最初から彼女の中に答えがあるのだ。それに、僕は寄り添うだけでいい。
そうして彼女の話を聞きながら、それとなく彼女を別れの方向に進めつつも共感の姿勢は崩さない。
だから何度も、彼女と話した。
そうして時が過ぎていって、みぞれが頬を打つような頃合いの季節だっただろうか。
彼女から深夜に電話が来た。
先輩と別れた、と。
歓喜する心を抑えながらも、彼女のすすり泣きながらの話を聞く。もう、次の恋探す!と笑い合いながらくだらない話をする。
朝まで話して、彼女が眠った後に、僕も電話を切った。
翌日に来る、ありがとうのLINE。
隙のある彼女のことだ。早めにアプローチをする必要があるから、すぐにご飯に誘う。
夜に2人でお酒を飲んで、その後も宅飲みをして。朝起きたら、2人とも裸で。すぐに、僕らは付き合うことになった。
好きだった子と付き合うのはとても楽しくて、毎日がキレイな絵の具で塗られたような日々だった。
今までは好きじゃない人としか付き合ったことがなかったから、全然違った。
遊園地は何度も行ったし、記念日には背伸びしてちょっと高い店でご飯を食べた。体育センターで一緒にバトミントンをして、その後に汗を流しにスパへ一緒に行ったり。
サークルの人達には、沢山からかわれた。お幸せに、と言われた。とても楽しかったし、事実彼女も、笑顔が増えていったと僕は思っている。
でも、彼女はたまに少し思い悩んだような顔をしていたのが、不思議だった。聞いたけど、答えてはくれなかった。
でも、それも付き合って半年の記念日に知ることになった。その日は、花火大会を一緒に見に行っていた。
満天の花火を見た後の駅までの帰り道に、手を繋ぎながら、ちょっとの沈黙。
ねえ、大事なこと話してなかった、と語る彼女。
そこの公園で話そうよ、と言ってベンチに座る。
そこで語られたのは、彼女に中絶の経験があったことだった。
彼女に取っては初めての彼氏だった先輩は、あまりゴムをつけてくれなかったらしかった。
その結果、妊娠した。彼女はそのまま結婚するのかと先輩に聞いたらしい。
ごめん、まだ結婚はできない。お金は半分出すから、子供は、おろしてくれ。
先輩は、そう言ったみたいだった。
ゴムをつけないのを自分は嫌がっていたから、妊娠したのは先輩の責任なのに、そこでお金を自分に出させる神経も疑ったと彼女は言う。
大事にされていないのも、そこで決定的に分かってしまった、と。
中絶費用20万の内、10万円を彼女がレストランで働いたお金から出し、先輩に別れを告げたようだった。
大して引き止めもされなかったけど、中絶の話は彼女自身も嫌な見られ方をするから、なるべく言わない方がいいよ、と言われて別れたらしい。
振られたんだ、と言っていたけど、本当は、彼女から振っていたようだった。なんとなく先輩に未練があるような気がしていたから、振られたのが本当だと思っていた。
全然もう大丈夫だよ、と語っていた彼女。
でも本当は、先輩に大事にして欲しかった思いがあったんだろうなとなんとなく察した。
それだけひどいことをされても、情の深い彼女のことだ。嫌いになんて、なりきれなかっただろう。
未練があるように見えたのは、先輩にもっと大切にしてもらえた人生をどこかで、彼女は捨て切れていないのだろうと思った。
そう思ってたら、なぜか言葉が出なくなった。悲しくて、痛くて、先輩が憎くて。でも、羨ましくて。
ごちゃ混ぜになって硬直した僕を、彼女は拒絶と受け取ったのだろう。泣きながら、彼女は去った。
その時に彼女を、言葉で引き留めはした。でも、体は動かなくて、彼女が見えなくなって、全てが終わってから、浴びるほどの後悔をした。
でも、もう何度電話しても彼女は電話には出なかった。
その後は、語るようなものでもない。彼女は2度とサークルに来ることはなかったし、何度電話しても出なかった。学校で探しても、もう見つからなくて。
家も姉と2人で住んでいると言っていたから、彼女の家には行ったこともなかった。だから家の場所さえ、僕は知らない。
それから、一年が経った。
もう、彼女がどうなっているのかは知らない。噂によると退学したらしいけど、会っていないから真偽は分からない。
でも、1つだけ言える。
彼女が、幸せだったらいいな。僕の大好きだった優しい彼女を幸せにするのは、僕じゃなくてもいいから。誰かの隣でもいいから、ずっと笑ってて欲しいなって思う。
本当は、隣にいるのは、僕がよかったけど。
(終)