ありのままの自分は誰にも愛させないワ‼️

愛についてどう考えるか尋ねられた機会があった。 そのへんの青二才女子大生の出す答えだからもちろん発展途上だし、 ましてや哲学はかじるどころか撫でる程度にしか触れたことがない 20歳の小娘なのだが。 そんなんなのだが、 現時点での答えをここで整理してみようと思う。 まあ、「愛」なんて巨大なテーマを語るには時間も文字数も脳みそも足りない。 今日は、 「ありのままの自分」に対する「愛」 について。 誰もが思ってると思う。 「ありのままの自分で愛しあえる人がいい」 「ありのままの自分を愛したい」と。 私もそう考えていたうちのひとりで。 これがとんでもなく無理難題だってこともわかってるし。 だからみんなデート食事逢瀬を重ね、時間をかけて、試行錯誤する。 これがスタンダード。 私もそれが当たり前。 だと思っていた。 某巨匠の言葉で頭打たれる。 … 「ありのままの私を受け入れて」なんていう女はムシがいいのよ。 ありのままのお前がなんぼのもんじゃっていうのよ。なんの努力もしないで、ずうずうしい。 例えば畑の大根だって、引き抜いて、泥を落として、皮をむいて、千切りにするなりして、 お皿に盛って、「はい、召し上がれ」って、 それで美味しく受け入れられるんでしょう。 泥だらけの大根を突き出してさあ食えって、失礼だと思わない?  … たしかに。 サラダは好きだけど、畑の野菜をとれたてでいただける猛者は少なかったりする。 しかも、 「ありのままの自分を他人に愛してもらって幸せにしてもらおうなんて、ずいぶん他力本願だなあ。」 と。 一回きりの自分の人生をよくわからんやつに振り回されてたまるかあ、と。 もちろん人と関わるのは好きなのだが、 よく知りもしないやつに人生振り回されるのは癪に障る。 自分の人生くらい自分の足で歩ませてほしい。 自分の幸せは自分が1番わかってる(つもり)。 ならじゃあ。 「まずは自分で、ありのままの自分を愛しちゃえば?」 隠す必要はないが、 見せびらかす必要もない。 ありのままの、採れたての、 素っ裸の、誰の目も届かないところにいる、 素の自分。 これをひっそりと、カスタマイズし愛でる。 要は「自分磨き」なんだろうが、 フラットな自分を、こだわりをもってとことん磨き上げていく。 そしたら多分。 部外者には簡単に触れてほしくなくなる気がする。 愛着もったバイク。 築き上げたコレクション。 時間をかけて育てたアバター。 よさのわかる仲間内でだけ盛り上がるような。 そんな、世界に一つのコレクション「ありのままの自分」。 自分という存在を、そんなふうにカスタマイズしていけば。 「ありのままの自分のよさは自分にしかわからない❗️」 という自負が流石に作り上げられる。 完成なんか目指さずに。 いつまでもいつまでも愛でていたくなるような。 終わりなんてこないで!って思うような。 そんなコレクション・自分。 自信は永遠にないままでいい。 自信満々になると下手に見せびらかすことになる。 魅せ方という技量があるなら別だが、 よさのわからんやつの手には触れないところに、傷つけられないよーーーに。 ひっそりと、愛でる。 謙虚もまたスパイスになるし、ナルシストとも言わせない。 だって見せてないから。 あとはなるべく、ありのままの自分と近い仮面に変えていく。 ありのままの自分のよさが出るメニューにしていく。面構えにしておく。 ありのままの自分を小出しにして、 そのよさがわかる人だけが集まってく。 そしたら。 気づいたら 「そのコレクションマジいいよね! ほしいくらい! 一緒に愛でさせてよ!」 って言ってくれる最高に理解あるヤツが現れたりするのかもしれない。 自信も経験も金もない20代こそ、 コレクション・自分をどんどんカスタマイズしていくべきなのかもしれない。 たまに仲間と共有しながら、ね。 そのときは、 他人のコレクションに安易にいちゃもんつけないこと、かなあ。 珍しくポテチを晩ごはんがわりにする、 ポテチを美味しく食べる自分もたまには愛でてみる、 そんな日。
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