正直者が馬鹿を見る

立教大学
「正直者が馬鹿を見る」という言葉はいつになっても思うわけだが、とりわけコロナ禍においては一層そう感じざるを得ない。 例えば、店。現在も政府は飲食店を中心とした店に大きな制限をかけている。店側はその影響を大きく受けており、経済面から見ても大きな痛手となっているはずだ。 ところが、政府によるこの制限がなかなかタチが悪い。なぜなら、それほど重いルールではないからだ。去年の夏頃に店に出されたのは「自粛要請」。そもそも、「自粛」という言葉に本来、強制力はないとされる。 とはいえ、緊急事態なわけだから本当は店側に休業して欲しいわけだ。でも、そのための強制力はない。すると、どうなるか。ルールを守らない店だけが得をするのだ。もちろん、お願いレベルなわけだからその店が完全に悪いことをしたというわけではない。 では、自粛要請を守っている店はどうだろうか。営業しないわけだから、その間の儲けは当然0である。政府の言うことを守っている店は儲けがなく、守っていない店は一人勝ちの形で儲けを得る。私としては、こういった状況を見るとやはり心の中のモヤモヤを抑えることができない。 店というのは当然儲けがなければやっていけないわけで、政府の言うことを聞かずに営業するのも、ある意味「正解」なのだ。とはいえ、なにかスッキリしない。 他にも課外活動にて、「正直者が馬鹿を見る」と感じることがある。部活やサークルの中には、活動できているところとできていないところがある。活動できている団体では、他の人と会うことができて、その結果交友関係が深まる。それ自体は悪くないが、活動できる団体に限ってコロナ対策の詰めが甘い(少なくとも立教大学に関しては)。だから、活動した団体でコロナやクラスターが出ると、制限が厳しくなる。活動していない団体もその割を食う。 他にも、Instagramのストーリーや投稿を見ると、本当にコロナ対策、大丈夫なのか不安に思うことがある。大体、こういった投稿をする人の所属団体は先述した、活動が認められている団体だ。そりゃ、交友関係が広がってるのだから多くの人と出かけるようになるわけで当然といえば当然だ。 一方で、活動が認められていない団体では交友関係も深まらず、自宅に閉じこもるか高校までの友達と遊ぶくらいしか選択肢がない。この差はとてつもなく大きく、不公平に感じる。 「正直者が馬鹿を見る」構図を改善するには、リーダーが明確なルール決めをするしかないと思う。例えば、店への休業要請に関しては、罰金をとるなど(一応、現在では罰金制度があるとされる。個人的には、あまり勧められるものでは無いが。)。 大学の課外活動に関しては、大学側が〇〇の基準を満たす団体だけ活動を許すなど。今のところ大学は、「原則」活動を禁止するという曖昧な表現しか使っていない。しかも、この含みのある言い方、例外なら活動可能という考え方が見え透いてて嫌な気持ちになる。 余談だが、大学からのメールで「今後の課外活動について(体育会も含む)」といった趣旨のメールが来る。この「体育会を含む」という言い回しが非常に不快。体育会だけ特別扱いするの、いい加減にやめて欲しい。 長くなったが、リーダーが明確にルールを定めていくしかないと思う。そのためには、リーダーシップが必要なんじゃないかな。
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