東京と人生

9月17日 22:58 (edited)
「おまえほんとにとうだいうけるん??」 当時小学生だった弟は何度も無垢な目でそう聞いてきた。僕はその度に、6つ下の可愛い弟にかっこいいところを見せたいと思い勉強を続け、忘れもしない2020年3月10日の正午、弟と一緒にネットで合格発表を見たのだった。 番号があった。一緒に叫んだ。 生まれてから18年間、小さな盆地で育った。山に外部から遮断されてなんの情報も入ってこないこの街では勉強とスポーツとルックスくらいしか人への評価軸がなく、僕は勉強で評価された。スポーツは苦手だったしルックスも良くなかったけど、「うまく人生をこなしている人」なはずだった。高校は地元で随一の進学実績を持つ場所だったけど東大進学者は毎年一人くらいで、だから僕は燃えた。東大なんてテレビで水上颯や伊沢拓司を見るほかに何も知らなくて、ただなんとなく僕と同じくらい東京のことを何も知らない周りの大人たちに感化されて「いい大学に行けばいい人生を歩める」という何の根拠もない価値観で勉強を続けたのだった。 大学生活は幸せだ。友達もたくさんできたし軽音サークルでもたくさんバンドに誘われて、彼女はできなかったけど、コロナ直撃年度に入学した学生の中ではだいぶん楽しんでいる方だと思う。 それでも僕はつねづね、周りとの能力の差を実感せざるを得なかった。平均よりワンランク低い成績。前期教養はフル単だったけど評価は良と可ばかりだった。なんとなく入った後期の学科でも周りほど勉強のモチベが湧かず院進が嫌になって就活を始めたが、それも全然上手くいかなかった。経済の友達はbig4やメガバンのインターンに軽々と受かっているが僕は全然受からなかった。面接では最初の5分くらいから僕の受け答えを全部否定してくる面接官なんかもいた。きっと第一印象が良くないのだろう。コミュ障だし。そうやって自分の怠惰と能力不足に見て見ぬふりをしていた。 都会にはいろんな人がいる。いい意味でも悪い意味でもそれが当たり前だ。渋谷でゴスロリのおじさんをみてももう何も思わなくなった。だから何か目立つ結果を残そうと思えば人一倍努力しないといけない。小さな頃から都会に住んでいる人はそれが当たり前になっているんだと思う。僕が通ぶって流行りの音楽を全然聴かないのは「人と違う」という状態に少しでもしがみついていたいからなのかもしれない。 結局東京で”いい人生”なんて存在しないのだろう。もし僕の能力がもっと高かったとしてもたぶん同じような悩みを抱いているような気がするし彼女がいたとしてもそれは同じだろう。この前実家に帰った。東京と違って地元には田んぼがたくさんあるのでイネ花粉で丸々1週間くしゃみが止まらなかった。身体だけ一丁前に東京に馴染んでしまったみたいだ。もう中3になった弟は僕の背を抜かしていたし声変わりも終わっていたけどそれでも可愛かった。僕から見た家族は3年前と何も変わらず応援してくれていて、就活も学業もうまくいかないことを言っても全く心配なさそうな顔をしていた。それが余計に辛かった。 中学の同級生のインスタを見るとみんな就職していて忙しそうだ。パワハラで鬱になった友だちもいた。何がどうなったら幸せと言えるのか分からない。きっと自分と同じ年代の人たちもみんな同じようになんとなく悩んで、それでもなんとなく人生を進めていくのだろう。すみません、オチはありません。
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