「女の子は皆可愛い」という呪い
2021年7月6日 11:03
※駄文、結構長文です。
※顔面についてのコンプレックス、愚痴を含むので気分を害しそうな人は閲覧注意です。
私は、自分の顔が嫌いだ。昔から、他人と自分の顔を比べては、自己嫌悪に陥ってきた。
可愛い子が努力しているのは勿論知っているし、その努力は素晴らしいものだとも、思う。
私だって努力してきた。
化粧も勉強したし、ストレッチも欠かさない。たけど、私が、彼女達と同じだけ努力しても、「マシなブス」になるだけで、その子みたいに「可愛い子」にはなれない。
でも、私がブスなのは誰かが悪い訳じゃないことは、分かっている。だから余計辛い。
友人が「可愛いよ」と言ってくれた時も、彼女達は素直で優しく、本心から思ってくれることも分かっている。
両親は私を大切にしてくれて、私を心から愛してくれているし、凄く感謝している。
だけど、誰が私を褒めたとしても、私が私を「可愛い」とは思えないのだ。
どうしても自分をブスとしか思えない。醜い。
「可愛い」枠から外れた私は、容姿以外の側面で優れていなければならないと考えてきた。
「ブスを言い訳にするな」と思うかも知れない。
だから、勉強もしたし、社交性だって身に付けた。苦手だった人前で話すことも、克服出来るように努力した。
お陰で、友人にも恵まれ、一般的には幸せな大学生に見えているだろう。
だけど、出来上がったのはコンプレックスの化け物。勉強が出来ても、社交性があってどれだけ友人が多くても、私はブスなのだ。
「ブスが調子に乗るな」
きっと、他でもない、私がそう思っているのだろう。身の程を知れ。
「もし、私が可愛かったら。」で諦めたことが多くある。
好きになった人がいた。でも、私みたいなブスに好かれたら迷惑だろうと思って言えなかった。
着たい服があったけど、不細工だから似合わなかった。失敗しても、「可愛いね」って理由だけで、許されてみたかった。
可愛かったら、沢山の人から愛され、性格だってこんなに歪まなかったかもしれない。
友人や男性からの褒め言葉を素直に「ありがとう」って言えるかもしれないし、好きな人に「好きだよ」って言えるかもしれない。鏡を見るのが楽しくて、好きな服だって似合うかも。
「女の子って本当に楽しい!」
某化粧品会社の言葉だ。女の子が楽しいのは、その子が可愛いからだろう。
世間はブスには冷たい。
どんなに綺麗事を言ったって、これは事実。
誰だって可愛い子が好きだ。
「女の子は皆可愛いよ。」
女の子がみんな、可愛いなら、私はどうしてこんなに苦しいのだろう。
女の子が、皆可愛いなんて嘘だ。
わたしは、ただ、私のことを好きになりたかった。